有ったぞ!会津容保公の原写真

2008年11月06日

会津公の写真  新居引っ越しにともなっって古物のほとんどを廃棄してしまった実家だが、この写真はさすがに躊躇したらしく保持していた。神棚の上から、「俺が持っていても、しょうがないから」と私に渡してくれた。歴史に余り関心を持たない兄貴だが、これは大手柄。もうほとんど見えなくなってしまって修復・復元には大変な手間暇がかかる。いつの日にか、と心に刻んで頂いてきた。 この写真は明治初期の頃?に大萱峠を越えて江戸に向かう時、我が家に宿泊していったときの記念として置いていってくてたものだと言う。
「会津の殿様だ」と今は亡き親父がよく語ってくれていた。

img-616110822-0001複写されたこの写真と同じなのだが、我が家に保存してあった物は原写だ。ということは親父の話は本当だったのだ。撮影の日時は、背景が同じだから、きっと幾枚か撮影してあり、そのうちの一枚を置いていってくれたのだろう。

 
 


***ついでに******   
譲り受けた刀(脇差し)の話

30年前に親父から譲りうけた脇差し一刀。その件も、ここに書き記したい。譲り受ける際、田島警察署に届けを出したのだが、その時しっかりとお叱りと警告を受けた。銃刀法違反の容疑でである。発見したとき届けるのが法の決まりなので、今まで秘密に長期にわたって保管していたことが違法だったらしい。そう言われてもねぇ.....。なんとか文化庁からの所持許可を取り付け、この脇差の所持が許された。さっそく郡山市に行き、鑑定と研ぎと最低の装飾をお願いした。30万円ほど費用がかかったが、鑑定結果をお知らせしたい。

制作時代;室町末期(戦国時代)  研ぎ師;河内守国助三代目  刀紋;あばれ刀紋(獅子衣装の裾にある紋様と同じ)と判明。資料を見せながらの説明に充分納得したものだ。

国助にはお弟子さんも多く、しかし柄元に刻んである筆跡で誰が作ったかは確かによく判明できるように刻銘されている。刀の値段は波形でわかる。

平刀=一本の線が走ったもの、主に足軽が所持(時価100〜300万円程度)

波刀=波状に刀形があるもの、扶持武士が所持(時価300〜500万円程度)

鈎刀=鈎型に刀形があるもの、上級武士が所持したもの(時価700〜3,000万円程度)

で、どうやら三種類があるようだ。親父から譲り受けた刀は波が荒れる刀紋、しかも刀身が、えらく反っている。これは貴族階級が所持していたもので、刀身の反り型は実戦用では無いとのこと。なぜこんな物が奥会津に?と。時価不明。

その刀は、その後どうなったかと言うと、実は今となっては、ものすごく後悔しているのだが、事業資金確保のため売却してしまった。300万円で。トホホだネ。だから、今現在では誰が所持しているのか全く不明。30年前の話です。



夢追人yudakoji28 at 15:27コメント(4)トラックバック(0)