会津中街道(栗生沢)

2008年09月25日

栗生沢の村中にある神社の右脇道から「大萱峠」を越えて栃木県那須野の百村に抜ける会津中街道。江戸への近道として江戸末期から明治初期まで利用された。幕末の会津藩主松平保容公及び家老西郷頼母等も通ったという。宿営地は橋本屋?。  ん?俺の実家じゃん。そう言えば子供の頃良く親父が見せて話してくれた「これが会津の殿様の写真だよ、記念にって置いていってくれたんだ」と。それは銅板写真。奥座敷にはこの写真の肖像画が飾られていた。「我が家の家宝だ」といつも自慢して見せてくれた。それと一緒に色づけされた巻物一巻。戊辰戦争の俯瞰図だ。今、どこにあるのやら。実家は新築移転され、他の人の物に。もらってくれば良かったと後悔している。我が家は村人から「はしっぱた」と呼ばれていたのを思い出した。湯田姓が多い村で区別のために屋号で呼び合っていたようだ。「はしっぱたの孝次」ってね。そうか、そう言うことだったんだ。

夢追人yudakoji28 at 12:51コメント(99)トラックバック(0)