も、なんとしても、見たかった会津祭り。娘二人と孫一人を連れて、会津若松へ。早かったため城内の駐車場へ駐車することができた。NHK大河ドラマ「天地人」の上杉景勝役とその妻役の2人が来るというせいも有ってか城内は、人垣で一杯。頭の中が「天地人」埋まっていただけに、チョットとまどいが
…。
会津は幕末の悲劇が永遠と観光の基盤なんだと再認識させられた。
「新撰組」と「白虎隊」そして「娘子隊」
豪華絢爛の武者行列を見た後、武家屋敷へ、西郷家老宅だ。「でかい」。

午後2時に会津若松を後にして、母の待つ実家南会津町栗生沢へと車を走らせる。途中、お墓にあげる花と線香を買い3時半ごろ実家に到着。
お袋と一緒に写真を撮る。
湯田カツヨ(85才)、いたって元気。今はやりの認知症の気配など、全く無し。頭は明晰。この村生まれでこの村育ち、この村が世界の中心であり常識と思っている。お袋の話は、このブログの大切な題材。歌はオンチで歌わないが白虎隊の唄は、しっかり音程を守って歌うことができる。50年ぶりに聞いた「♪アラレのごとく乱れ飛ぶ、敵の弾丸〜♪」と、私が5歳の時に母から聞き覚えた唄だ。親父からは詩吟を習い、お袋からは唄を習った。それ故、会津の唄は、50年経った今でも、鮮明に歌うことができる。夕方5時、実家を後にする。











